第4話 労災の範囲と解釈

 院長春山の目の前には松葉杖に生々しいアザだらけの歯科衛生士園田麻衣が立ちはだかっていた。その顔は怒りと痛みで歪んでいる。昨日、早番で仕事を終えた園田は美容院に行った帰り、地元の駅から家までの道、自転車で派手に転び、全治3週間のけがを負ったという。
 確か労災は通勤経路から逸れて寄り道をしたら認められないはず。義弟が昨年、同僚と飲みに行った帰りに転んで骨折したが、人事部から労災を却下され憤慨していた。
 しかし園田はこう言う。美容院は日常生活上必要な行為なので寄り道ではない。美容院に行こうが行くまいが駅から自宅までの道は必ず通るのだから、そこでの怪我は労災だと。
 出どころの分からない知識で労災を主張する園田に苛立ちを覚えた春山は言った。「美容院が日常生活に必要な行為であるわけないだろ。病院の間違いじゃないのか?」。
 園田はそれには答えずに続けた。「それとも院長には労災扱いになって困る理由でもあるんですか?」。挑戦的な園田の視線に春山は急に弱腰になった。
 うちは化学薬品工場じゃあるまいし労災事故など起こるわけないと高を括っていたのは事実だ。昨年、電車の戸袋に手を引き込まれて病院に行った歯科助手は何も言わず健康保険で通院していたので内心安堵していた。正直なところ滅多に起きないであろう労災事故に備えて保険料を払うのは納得できず、行政からの指導も無視していた。しかし本来、1人でも労働者を雇えばパート、アルバイトにかかわらず労災の強制適用となる。
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 園田のケースのように美容院、帰宅途中で惣菜を買いに寄ったスーパー、クリーニング店、病院、教育訓練に該当する学校、更に身内の介護などは日常生活上必要な寄り道として認められている。さすがに美容院内で転んだけがなど寄り道中のものは認められないが、先述のように通勤経路に戻ってからのけがは適用となる。今回春山歯科医院には100%治療代を支払う義務が生じる。一方、園田には労災が適用されて治療費の自己負担はない。

日本歯科新聞1634号(2010/1/26)