第7話 解雇通告に労組介入

 院長春山俊彦は大きく気泡の入った石膏模型をじっと見つめていた。再印象は免れない。なぜよりによって一番気難しく多忙極めるあの社長に、もう1回来院を乞わなければならないのか。
 この1年で歯科衛生士・叶美雪がしてきた失敗の数々が走馬灯のように蘇ってきた。セメントも練れない。オートクレーブ、スリーウェイシリンジも各1台壊した。患者のメガネを落として割った。装着したてのインレーをバキュームで吸い取った。薬品をビンに移し間違える。デンタル撮影は根カットだらけ等、数え上げたらきりがない。そして一向に改善しないのだ。もう本当に限界だ。
 春山は30日以上の猶予を持って、歯科界において適性がないことを正直に告げて叶に退職を命じたところ、あっさりと承諾した。しかし、このことがとんでもない事態に発展しようとは、この時夢にも思わなかった。
 労働組合から解雇無効の団体交渉を求める通知が届いたのは1週間後のことだ。労務問題には無頓着の春山でさえ、それを拒否できないことは分かっている。
 交渉当日、労組側の「叶美雪の歯科における適性がどの程度欠如するのか具体的に証明して下さい」との要求に面喰ったものの、思いつく限り書き出してきた叶の数々の失敗を読み上げた。しかしミスをあげつらうばかりで肝心の「どの程度」なのかを証明できない春山の証言は、会場に虚しくこだまするばかりだった。結局後日、春山歯科医院が示談金を支払うはめになったことは言うまでもない。
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 問題点は、果たして春山歯科医院が、これまで叶に適切な指導を行ってきたかどうかだ。
 一定の期間、根気よく注意をしてその部分を補うべく教育を行ったのか。それはいつか。どのような内容か。本人と進捗状況を話し合いながら進めていく。内容は、業務日報を書かせるなどして証拠を残していくことが重要だ。適切な指導を行ったにもかかわらず一向に改善が見られない場合でも、焦って解雇とするのではなく、まずは退職勧奨という手段に出る方が賢明である。

日本歯科新聞1646号(2010/4/27)