第29話 パワハラ防止規定

 春山歯科医院の院長春山は、分院長・市村大治郎の進退について頭を痛めていた。市村は博識で研究熱心、歯科医療のために生まれてきたといっても過言ではない熱血歯科医だ。性格はまじめで一本気なところはあるが、医院を任せるには良いだろうと判断して採用した。ところがこの決定がスタッフ間のトラブルの引き金になろうとは思いもよらないことだった。
 経験18年のベテラン歯科医衛生士・鴨島多恵は、市村と予防に対する考え方の違いでたびたび口論となった。気性のさっぱりした鴨島は、相手が上司だろうが自分が正しいと思ったことはハッキリ口に出す。しかしプライドの高い、性格がしゃくし定規な市村には、それが許せなかったようだ。
 3カ月後、市村がついに切れた。皆の面前で「お前の存在自体がもう目障りだ。そんな性格だから結婚もできずに負け組なんだ」と怒鳴った。その時はグッと耐えた鴨島も、その言葉が矢のように心に突き刺さったままで、ついに精神的に耐えられなくなり、退職を決意したのだ。しかし、このまま引き下がる気は毛頭なく、れっきとしたパワハラで訴える気満々でいた。
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 最近では指導・教育の範疇に入ると思われるものまで、「パワハラを受けた」と大騒ぎするケースも増えており、判例では「上司が職務権限を使って、職務とは関係ない事項あるいは職務上であっても適正な範囲を超えて、部下に対し有形無形に継続的な圧力を加え、受ける側がそれを精神的負担と感じるときに成立するもの」とされている。
 仕事上のミスを叱責する行為は、日常社会において当たり前のことである。しかし、人によって、それにより受ける心理的負荷は異なる。最悪、うつ病自殺として労災認定されるケースは、社会通念上、精神障害を発症増悪させる程度に過重な心理的負担をかけたかどうかが着目される。
 このことからも、院内に明確なパワハラ防止規定を作成しておくことが望ましい。最も注意が必要なのは先述の例のように人格の否定に値するような言動は、それがたとえ1回であってもパワハラに十分該当するということだ。

日本歯科新聞1737号(2012/4/3)