第28話 失業手当を忘れずに

 「すまん。失業手当はもらえそうにない」
 院長春山は開口一番本人に伝え、詳細を説明したところ、歯科衛生士・中村珠子の顔が、怒りで真っ赤に染まった。そして「おっしゃる意味が分かりません」とだけ言って泣き出してしまった。
 中村は10年間、春山歯科医院で勤務していたが、唯一の身内である弟の介護に専念したいと先日退職。当面は失業手当をもらいながら今後の身の振り方を考えていくと言っていたのだ。同情した春山は会社都合の退職として手続きをするつもりでいた。これによって現在38歳で10年勤務して退職した場合の失業手当給付日数は240日の予定だったのだが、よりによってその中村の加入手続きを忘れていようとは。10年前と言えば妻の出産等が重なり多忙を極めていた時期だった。しかし、そんなことは言い訳にはならない。中村の給与からは毎月雇用保険料を引いていたのだ。果たして春山はどうすれば良いのだろうか。
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 平成22年10月から、源泉徴収票等で雇用保険料が給与から天引きされていたことが明白である場合は、2年を超えてさかのぼって雇用保険の加入手続きができるようになった。それまでは2年間の遡及しか認められていなかったのだが、大幅に緩和された。在職スタッフ分の遡及手続きも可能だ。中村のケースでは2年しかさかのぼれないとすれば、会社都合でも給付日数は危うく90日しかもらえないところだった。
 今回の春山歯科医院のケースは悪意があったわけではなく、これで解決するのだが、問題なのは故意に加入手続きをしようとしない事業主がいまだに存在することだ。もちろん雇用保険料は控除していないが、スタッフ自身も退職時に初めて気が付くケースが多い。スタッフが事業主にかけあっても、多くはうやむやになってしまう。その救済措置としてスタッフ自身がハローワークに事情を説明して加入指導をしてもらうこともできる。いずれにしてもスタッフを1人でも雇用する限り、年1回の労働保険料(労災・雇用保険)を納めるのは事業主の最低限の義務である。

日本歯科新聞1733号(2012/3/6)