第17話 残業代の落とし穴

 歯科助手・羽柴薫から話があると言われた院長春山の心の中では警笛が鳴っていた。羽柴はいくつかの職場を経験してきており、機転も利く。患者からの受けもいい。しかし権利意識が非常に高いことが、いつも春山の頭を悩ませていた。主張自体は間違っていなくても、それを小規模の歯科医院に求める方が愚かだというのが春山の持論だ。医院は週休3日制。月水金は9~21時の10・5時間(休憩90分)、火曜日は9~18時半の8・5時間(休憩60分)の週40時間である。集中して働き、休む時は休むスタイルが気に入っていると、忘年会では皆、口をそろえて言っていた。その矢先に、羽柴の手には支払われるべき残業代を計算した紙がしっかり握られていた。「週40時間以内に収まっているのだから残業代は発生していないはずだ」と答える春山に羽柴はこう答えた。
 「いいえ。週40時間以内に収まっていても1日8時間を超えた分は残業になります。つまり1週間で7・5時間、1カ月で約30時間の残業代を支払われるってことですよね」
 医院には現在9人の正社員が在籍している。1カ月30時間×9人の残業代の支払いを考えただけで春山は悪寒が走った。長く勤めてほしいので同業の中でも給与を高く設定している分、残業代単価も高くなる。恩をあだで返す気か。
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 対策は二つ。一つ目は週休3日制を週休2日制にすることだ。ただし診療時間の大幅な変更は、患者数の激減につながるリスクが大だ。二つ目は1カ月単位の変形労働時間制の導入である。その月に1週間を平均して40時間以内に収まればよいという考え方だ。例えば暦日31日の月であれば総労働時間は177時間。これを労働日にどのように当てはめても構わない。1日11時間働かせる日があっても総枠内に収まれば問題ない。
 さらに10人未満の保健衛生業(歯科含む)は法定労働時間の特例対象だ。週44時間、1日8時間まで労働させてもよい。二つ目の対策にこれをプラスさせると暦日31日の月は総枠が194・8時間まで広がることになり、活用の手法によっては大幅な残業代削減対策につながる。
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 この度の地震により被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い復興を、重ねて心よりお祈り申し上げます。

日本歯科新聞1688号(2011/3/22)